花のかなた、朝靄にけむった高層ビルが覗く。ビルが墓石、花が葬花のようである。
情緒的な光景であるが、花を踏まえて立つビルは、都会に集まってきた人々の、志虚しく夢破れて死んだ墓石に見える。むしろ功なり名遂げた人々の象徴のはずのビルが、そんな風に見えるのも、都会が人間のあらゆる欲望を収納するきらめく容器であるからかもしれない。
都会はリッチな者にはこの上なく優しいが、プアな人には残酷である。
都会のまばゆいきらめきはその残酷性を踏まえている。透明なショウウィンドウ越しに眺めるだけ、決して手を触れられないすべての欲望の対象。
空っぽの胃袋をかかえて、指をくわえて見ているだけのご馳走を満載したテーブル、不吉な連想を花を前景にした高層ビル群に誘われるも、都会のもつ魔性のせいであろう。
初出:2009年6月ほんとうの時代(PHP研究所)