巻二十九第六話 強盗するために人の家に押し入って捕らえられた放免たちの話(芥川龍之介『偸盗』元話②)

巻二十九

巻29第6話 放免共為強盗入人家被捕語 第六

今は昔、□□の□□という者がいました。家は上京の辺りにありました。若い時から受領について諸国に行くのを仕事にしていましたので、しだいに蓄えもでき、生活に不自由はなく家も豊かで従者も多く、自分の領地も手に入れていました※1。

ところが、その家は東の獄舎に近い所にありましたので、獄舎の辺りに住んでいる放免(ほうめん)※2どもが多数集まって相談し、□□の家に強盗に入ろうということになりました。しかし、その家の様子が詳しく分からないので、「何とかして、その家にいる者を語って仲間に引き入れよう」と計画をたてました。□□が摂津国(大阪府)に持っている領地から宿直(とのい)に上京してきている下人がいましたので、放免どもは、「そ奴は田舎者なので、だませるだろう。物を与えれば、まさか嫌とは言うまい」と話し合い、計画を立てて、その宿直人の男を放免の家におびき寄せました。

そして、うまい物を食わせ酒など飲ませて、「聞けばお主は田舎の人だというが、京では何かと物入りであろう。また、必要なこともあるだろう。本当にお気の毒だ。わけがあって、お主を気の毒だと思うことがあるのだが、お主はまだ若いので知るまいよ。だから、今日から、京にいる間はこんなふうにいつでも来なさい。ご馳走いたそう。また。用がある時は言いなされ」などと親切に話しましたので、男は「嬉しい」と思いながらも「怪しい」とも思ったが、「何かわけでもあるのだろう」と思って帰りました。

このような事が四、五度にもなると、放免どもは、「もう、すっかり騙せただろう」と思って、もう嫌とは言えない状況にした上で言いました。

「実は、お主が宿直している家に我らを手引きして欲しいのだ。そうしてくれれば、限りなくお礼をしよう。この世でお主一人が暮らしていけるほどのことはさせていただこう。これはここだけの秘密だから気にすることはない。この世に生きている者は上下を問わず、我が身のためには何でもするものなのさ」 放免どもは、うまくだましおおせたと思いましたが、この宿直の男は下衆(身分が低い者)ではあるが思慮深く賢い奴でして、心の内では「とんでもない悪事だから、こんな企みに加わってはならぬ」と思いました。しかし、「ここで断れば、きっとまずいことになろう」と思って、「お安い御用です」と請け負いました。

放免どもは喜んで、「これは少ないが」と絹や布などを与えようとしましたが、宿直の男は「たった今、そのように急がずとも、首尾よくいってから後に頂きます」と言って、何も受け取らず帰ろうとしました。すると、放免どもは「それでは、明日の夜に決行するので、夜半頃に家の門のそばにいて、門を押したら、待ち受けていて門を開けてくれ」と言いました。宿直の男は「簡単なことです」と言って、帰って行きました。

放免どもは、その家が武士の家ではないので、気安く思って、強盗の心得のある者が十人ばかりが集まって、明日の夜集合する手はずを決めて、散りました。

放免(中央)。出獄した犯罪者。口髭をたくわえるなど特徴的な風貌をしていた

宿直の男は、主の家に帰り、「何とかしてこの事を密かに主に伝えよう」と思って伺っていますと、主が縁側の辺りに出てきましたので、宿直の男は地面に膝をついて、周りに人がいないのを見定めて、「申し上げたいことがある」といった様子をしていました。すると、主は 「そなた、何か言いたそうだな。暇を取って郷里に帰りたいと思っているのか」 と尋ねました。宿直の男は、 「そうではございません。秘密裏にお伝えしたいことがございます」と言いましたので、主は、「何事だろう」と怪しく思って、人目につかない物陰に呼んで話を聞いてみました。

「申し上げますのも、極めて気がとがめることでございますが、『お伝えしておかなくてはどうなってしまうことか』と思ったのです。実は、これこれしかじかの事でございます」と言いました。 主は、「よく教えてくれた。下賤の者は欲に目がくらみ、このような考えを持たないものだ。まことに殊勝なことだ」と言い、「それなら、そなたは、かまわぬから門を開けて盗人どもを中に入れよ」とだけ言って、心の中では「門の外で追い返したのでは捕らえることが出来ず、正体が分からないままになる。それはまずかろう」と思いました。 あわてて、長年親しくしている□□の□□という武士の家に行き、密かにこの事を相談しました。その武士は話を聞いて驚きましたが、普段から親しい人の相談なので、 「郎等といわず、下男なども含めて、武道に達している者ども五十人ばかりを、明日の夕方に密かに遣わそう」 と言いました。主は喜んで帰りました。

翌日の夕方になると、その武士は、弓矢や太刀などを物に包んだり長櫃に入れるなどして、さりげない様子で先に送り込みました。夜になってから、武士たちが普通の人のように装って、一人ずつその家に行って隠れました。そして、その時刻になると、ある者は武具を背負い、ある者は太刀を手に取り、全員が甲冑を着けて、手に唾つけて待ち構えました。

また、外に逃げ出すこともあるかもしれないと、数人は辻々にも立たせました。 放免どもは、このような事になっていることをつゆ知らず、すっかり手引きの男を信用して、夜が更ける頃、その家に行き門を押すと、宿直の男は待ち構えていたことなので、出て行って門を開けるや否や、走って引き返し縁の下に深く入り込みました。

同時に、放免どもがばらばらと押し入りましたが、すっかり入ると、武士たちは待ち構えていたことなので、抜かりがあろうはずもなく、一人ずつ捕らえました。盗人は十人ほどいたが、武勇に優れた武士たち四、五十人が手ぐすね引いて待ち構えていましたので、全く抵抗させることもなく全員を捕らえて、車宿(くるまやどり※3)の柱に縛りつけて、その夜はそのままで、夜が明けてから見てみますと、全員縛られたままで目をぱちぱちさせていました。 このような奴らは、獄舎に放り込んだところで、後日解き放されたら、また悪事を働くだろうと思われたので、それとなく、人に知らせずに、夜になってから密かに外に連れ出して、全員を射殺させてしまいました。 そのため、こ奴らはこの家に強盗に入って、打ち殺されたのだということになって、そのままに終わりました。

つまらぬ欲を出して、命を失くしてしまった奴らであります。□□は賢い男であったので、そのお蔭で命拾いしたのである、とこのように語り伝えているということでございます。

【原文】

巻29第6話 放免共為強盗入人家被捕語 第六
今昔物語集 巻29第6話 放免共為強盗入人家被捕語 第六 今昔、□□の□□と云ふ者有けり。家は上になむ住ける。若かりける時より、受領に付て国々に行くを役として有ければ、便漸く出来て、万づ叶て、家も豊に従者も多く、知る所なども儲てぞ有ける。

【翻訳】 松元智宏

【校正】 松元智宏・草野真一

【協力】 草野真一

【解説】 松元智宏

※1 受領とは、実際に任国に在住して、実務を執行した国司。徴税請負人としての性格が強く、かなり儲かったようです。

※2 放免 刑期を果たし、あるいは一部を免除されて出獄し、検非違使の下人として奉職した者。もともと悪人なので、再び悪事に手を染める者も多い。

※3 牛を外した牛車の車庫。

私刑による死

田舎者と見くびられていた男が機転を利かせて強盗の裏をかく痛快な話。しかし、ここでは強盗たちに視点を当てたいと思います。

平安時代から350年間、日本には死刑がなかったとされています。素敵な話やん、と思われがちですが、野性味溢れる「今昔物語」にはその実情が描かれています。捕まった強盗たちが簡単に射殺されてしまう件(くだり)です。本来、彼らには検非違使に引き渡され裁きを受ける権利があるはずなのです。しかし、「此る奴原、獄に禁じたりとも、後に出なば、定めて悪き心有なむ」と勝手に判断されて射殺されます。(まあ実際に悪事を働くでしょうけども、律令による裁きでないところに注目)

平安時代、死を穢とする貴族たちが裁きに関わることを避け、下っ端の小役人たちに悪人の捕縛から刑の執行まで押し付けていた結果、公としての死刑は行われませんでした。すると、律令による判断が行われず、個人の判断で刑が執行されてしまいます。結果、恣意的な権力の行使が横行したのです。つまり、死刑はなかったが、私刑はあった。平安時代の人々は、まともに律令に則る筋の通った裁判を受けるチャンスすら失っていたことがこの話から伺えます。

また、この話は芥川龍之介『偸盗』の元話の一つになっています。

巻29の3 「⼈に知られざる⼥盗⼈の物語」

巻29の6 「放免ども強盗せんために⼈の家に入りて捕へらるる物語」

巻29の7 「藤太夫□の家に入る強盗捕へらるる物語」

巻29の8 「下野守為元の家に入る強盗の物語」

巻25の12 「源頼信朝臣の男頼義馬盗⼈を射殺す物語」

巻26の20 「東の⼩⼥狗と咋ひ合ひて互に死する物語」

巻29の12 「筑後の前司源忠理の家に入る盗⼈の物語」

芥川龍之介 偸盗
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【参考文献】新編日本古典文学全集『今昔物語集 ④』(小学館)

この話を分かりやすく現代小説訳したものはこちら

現代小説訳「今昔物語」【盗賊の片棒を担がされた男の機転】巻二十九第六話  放免ども強盗せんために⼈の家に入りて捕へらるること 29-6|好転する兎@古典の世界をくるくる遊ぶ
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巻二十九
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今昔物語集 現代語訳

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