第2回:全力疾走で駆け抜けた2020年、そのまま走り続ける2021年のあゝ無情(小林美穂子)

 2020年は下血に終わり、2021年が下血で始まった。
 いきなり冒頭からの下ネタに、マガジン9の読者は動揺していないだろうか。眉間に深いシワを寄せていないだろうか。申し訳ない。しかし、チャンネルはそのままで。

 人命より経済を優先させた政治のおかげで1月7日には一日の新型コロナ感染者数が2500人に迫り、医療現場からは悲鳴が続いている。生活困窮者支援の現場も同様で、支援者たちは疲弊しきってズダボロ。
 去年の4月からコロナで仕事や家を失った人たちの救援に駆けずり回って早10カ月。当初は3カ月くらいのメドでみな全力投球していたのだ。それが10カ月。
 「全力で100m走って」と言われ、孫がいてもおかしくはない体にムチ打って、こむら返りや関節痛にうめきながらも必死に走り始めたらいつまで経ってもゴールが見えない。気がつきゃ42.195㎞をその速度のまま走る羽目になったという感じで、そりゃあ私だって下血くらいする。しかも42㎞先にゴールテープがあるかどうかも分からない。なにこれ、地獄? 私はもう死んでいて、地獄版SASUKEにエントリーしているのか?

頑張ってはいるが、支援者は身を削っている

 去年の4月の混乱期には、左耳が突如として聴こえなくなった。数日で戻ったものの、事務所で同僚たちが話す言葉が何も聞き取れず、さすがの私も狼狽えた。福祉事務所を相手に連日繰り広げられる不毛な闘いや、びっしり詰まったスケジュールをこなすことで、眠るための薬が必要になった。免疫が落ちれば感染するリスクが高まる。風邪もひけない。移動中も、寝る直前までメールや電話対応。
 この非常事態はいつまで続くんだ! 私の現政府に対する怒りは爆発寸前だ。

 日々支援活動に加わっていると、相談者の数に増減の波があるものの、その年齢層や職業が移り変わっているのが分かる。
 去年の春に抜けたのは、若者を中心としたネットカフェ生活者の底。年が変わった今、部屋もありコロナ前までは何とか生活を送れていた人たちの底が抜け始めている。

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2020年12月31日

 池袋にて臨時生活相談会。相談員は、下の写真座っている奥から瀬戸大作さん(新型コロナ災害緊急アクション)、雨宮処凛さん、法律相談を担当する宇都宮健児弁護士、そして、アタクシ(一般社団法人つくろい東京ファンド)、木津英昭さん(NPO法人ビッグイシュー基金)。背後に相談係のアドバイザー役として控えてくれる頼もしい守護神は元ケースワーカーの田川英信さん、そして駆けつけてくれた山本太郎さん。労働相談と福祉事務所同行を担当して機動力を発揮したのはNPO法人POSSE。他にNPO法人世界の医療団の医療者たちが健康相談に忙しく動いてらした。
 非常にさぶかった一日。ヘトヘトになって帰宅し、除夜の鐘とともに下血。ゴーン。

2021年1月1日

 私としたことが小さめのマスクを買ってしまった。そのため、マスクは頬に食い込んでますが、タッパーのような密着度のおかげで、咳が止まらなくて会場の外に案内された方と、長時間話す覚悟ができました。少しもたじろがずに診察した医療者を見たあとで、逃げるわけにいかなかったというのがホントの話ですが……。本日駆けつけてくださったボランティアの医療者たちには敬意しかない。
 バタバタする中、「報道特集」の金平茂紀キャスターと、フォトジャーナリストの安田菜津紀さん佐藤慧さん夫婦に、「ファンです!」と伝えられて満足。金平さんには、それだけ言って走り去りました。
 マスク食い込みおばさん、行動は恥じらう女子高校生。

大人食堂(年末年始緊急相談会)では2日間で約700食を配食できました。料理家の枝元なほみさんとボランティアの皆さんに感謝!

2021年1月2日

【オンラインで生活保護申請書類が作成でき、しかもFax申請できちゃう画期的なシステム始動!! しかし……】
 生活が立ち行かなくなって生活保護を利用したい。ところが、単独で福祉事務所の窓口を訪れると、門前払いをされたり、相談は聞いてはくれるが申請書は出て来なかったり、本人の意思に反して、生活保護ではない制度につなげられたりするというケースがあまりにも多い。支援者が同行すれば阻止できるとはいえ、支援者も数が限られている。『マトリックス』のエージェントみたいに無数に増殖することはできない(私や瀬戸大作さんが無数に歩いているところを想像しただけで怖い)。
 そこで、IT技術で社会を良くしたいと目論む同僚・佐々木大志郎さんが画期的なシステムを作り、年末に始動させた。その名も「フミダン」。このシステムを使って福祉事務所に保護申請書を送ってしまえば、本人の意思は明確なものとなり、完璧な水際作戦封じとなる(→つくろい東京ファンド【プレスリリース】)。

 年明け、早速このシステムを利用した人がいた。
 ところが……、Faxが届かないのである。届かないってどういうことだろう???

2021年1月2日②

 今日は大久保公園で行われているコロナ相談村(労働組合を主体とする実行委員会主催)に稲葉剛(つくろい東京ファンド)と2人でお邪魔して、訪れる相談者たちにアンケートを取らせていただく
 相談会や大人食堂(年末年始緊急相談会)に訪れ、行列に並ぶ人々は、その段階で「食うに困る」状況になっているわけなのに、そのうちの多くの方々が生活保護を利用したがらない。
 なぜか。
 理由は、家族に知らせが行く扶養照会であり、役所が指定してくるタコ部屋で劣悪な施設だったり、福祉事務所の窓口でのトラウマだったり、内在化されたスティグマであったりするのだが……。そのへんをしっかりと調査してデータを出し、福祉事務所や厚労省に制度の運用改善を求めていく所存であるよ。

2021年1月3日 ①

 フミダンのFAXが不通だった2件に関しては、フミダン担当者、区議会議員などが事実確認をし、とりあえずは解決しました。「意図的ではない回線の不具合」だそうです。「はぁ?」と耳に手を当てて聞き返したいところですが、新しい試みにはこういうハレーションはつきものなのかもしれません。こんな攻防を繰り返し、いずれFAX申請も当たり前になっていったらいいなと担当者の佐々木大志郎さんも申しております。

2020年1月3日 ②

【「政府の良心を信じる」外国籍の人の話】
 外国籍の相談がことさらに多かった大人食堂最終日。ナイジェリア、イラク、ペルー、ベトナム、エチオピア……。
 難民申請しても遅々として認定されず、病死や自殺者も出るほどのひどい入管収容所に何年も収容されていたのが、今回コロナ感染拡大防止のために仮放免になった。しかし、収容所を出たとはいえ働くことは許されない。国内のなんの制度にもつながれず、給付金の対象にもならず、しかも働けない。難民申請するほどだから国に帰れば身が危険。一体、どうやって生きていけばいいのだろう?!
 せめて、働けるよう就労ビザを許可して欲しい。

 目の前の相談者に私は謝ることしかできない。焼け石に水の寄付金を渡すことしかできない。「ありがたい、一万円で一カ月生き延びられますよ」というその人に、「お互いに生き延びましょう!」と言うと、「国籍関係ない。ともに同じ社会に生きる同士、元気に生きて行きましょう!」と笑顔で答えてくれる。
 しかし、「お互いに」と言ってしまった自分は、日本人というだけで彼らよりも圧倒的に守られているということに気づく。「お互いに」なんて同じ前提で語ってはいけないのだ。

 敬虔なクリスチャンの男性は収容所に2年間も収容されていた。
 仮放免の今、仕事ができない彼は教会で熱心にボランティアをしている。所持金はほぼゼロ。
 「こんな国で申し訳ない。政府が役立たずで人でなしで残酷でイジワルで申しわけない」
 私が言うと、彼は笑みを浮かべて天井を仰ぎ、
 「I pray for God……(私は神に祈っています)」と彼がいう。間髪入れずに私が、
 「To punish the government?(政府に裁きを与えてくれと?)」と言うと、「No, no no」と彼は苦笑する。
 「では、地獄の炎に焼かれろと?」
 「No, no no」私の過激な言葉に弱り切って、彼は言った。
 「全ての人に良心はある。その良い部分が出てくれるようにと」

 本国に帰れないあなたに難民認定を出さず、非人道的な収容所に閉じ込め、コロナの感染が拡がるのを防ぎたくて仮放免で出したのはいいが、所持金もないのに働く許可は与えない。
 政府のみなさーん、あなたたちがひどい目に遭わせている相手が、あなた達を弁護していますよー!!! 良心は疼かないですかー!? 何とも思わないですかー? ああ、そうですか。思わないですよね。日本人の面倒だって満足に見ることができないですもんね。

 ただただ、申し訳なく、みんな生き延びてくれることを祈ることしかできない。みんな生き延びて。

2021年1月6日

 年末年始に集めたアンケートの入力をしているのだが、「介護していた妻を看取って、警備の仕事を始めた。月10万くらいになるので生活保護を切った」という75歳に胸が苦しくなっている。
 相談会で出会った84歳は、「84歳の今日までずっとずっと働いてきた。でももう限界。腰も悪いし、仕事もないよ。子どもに迷惑かけられないんだ。子ども達も苦しいから……」。
 そう言うと老人は、「見てよ、働いてきた手でしょ」とグローブみたいな手を見せてくれたのだった。
 この国は人々にここまで「自助」を強いている。

2021年1月11日

 つくろい東京ファンドでボランティアをする大学生は、よく行く街で路上生活をするおじさんと交流をしている。

 「生活保護、受けないんですかぁ?」
 と聞くと、「そのうちねー」と答えるおじさんはオーバー80歳。
 大学生の彼女はおじさんに将棋を教わっている。
 おじさんはカップ酒が大好き。
 彼女がお弁当を持っていくと、袋に入った自分の持ち物を持ってきて、「好きなものを持っていっていいよ」。
 覗き込むと、鍋や釜。
 「鍋はちょっと……」と、遠慮するとペットボトルのジュースをくれるのだそうだ。
 今日はおじさんが公園でとったカリンを2つ貰ったと、事務所に持ってきてくれた。
 大きくてピカピカのカリンが、一日中喧騒の事務所で香っていた。

 ほのぼのとした素敵な話をもっと聞いていたいが、椅子を温める暇もないのがとても残念だ。私の平和な時間を奪ったのは誰?
 カリンの香りを胸いっぱい吸い込んで、出動。闘いは続く。

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小林美穂子
1968年生まれ。一般社団法人「つくろい東京ファンド」メンバー。支援を受けた人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネーター(女将)。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで就労。ホテル業(NZ、マレーシア)→事務機器営業(マレーシア)→工業系通訳(栃木)→学生(上海)を経て、生活困窮者支援という、ちょっと変わった経歴の持ち主。空気は読まない。共著に『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(岩波書店)。