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オンラインショッピングは、近代の豊かな消費生活を壊すものだといえるのか

2023.04.27

Updated by WirelessWire News編集部 on April 27, 2023, 06:35 am JST

消費に関わる人を増やした、デパートの誕生

「百貨店の創立とともに、歴史上はじめて消費者が自分を群衆と感じ始める。」(ヴァルター・ベンヤミン)

前回、大正時代の東京を例に、「エスティックスケープ」という概念を用いながら、五感と空間の関係やその歴史性について論じた。その議論をもとに今回は、大衆消費時代幕開けの一端を読み解くとともに、バーチャル空間にまで広がる今日の消費体験についても考えてみたい。

日本における近代消費社会の勃興を考える上で無視できないのがデパート(百貨店)である。三越や白木屋、高島屋、大丸など、今日の大手デパートの多くは、江戸時代に呉服店として創業した(ただし白木屋は現在閉店。その本店跡地には2004年「コレド日本橋」が開店)。これら老舗呉服店は、1900年代から1910年代にかけて経営方針を大幅に変更し、欧米のデパートに倣って、呉服のみならず輸入品も含めた多種多様の商品を取り扱うようになった。後に店名から呉服店という称号も外し、名実ともに「デパート」として生まれ変わったのである。

当時、デパートのほとんどは、高級官僚や財界人、華族など主に上流階級の顧客を対象としていた。このことが、階級化、そしてジェンダー化された空間を作り出し、誰がどのように消費活動を行うかを劇的に変化させた。デパートの誕生以前、上流家庭の多くでは買い物は主に使用人が行うものだった。もしくは店の御用聞きが客の家を訪れ注文を聞き、商品を届けることも多かった。だがデパートには、それまで消費(買い物)に関わってこなかった、家の主人や女性たちも、自らの足で訪れるようになったのだ。

さらに、デパートが陳列販売を開始したことも大きな変化だった。呉服店をはじめ従来の多くの小売店では、客の注文に応じて店員が店奥の棚から商品を取り出し、提供していた。これに対しデパートでは、陳列棚に並んだ商品を眺めながら買い物ができるようになり、さらにそれらを実際に購入することなく、いわゆる「ウインドーショッピング」のような、ただ商品を眺め楽しむことも可能になったのである。

関東大震災を機に、デパートは大衆化した

消費のあり方を一変させたデパートの誕生は、冒頭のヴァルター・ベンヤミンの言葉にあるように、大衆消費社会到来の契機の一つとなった。ベンヤミンは、デパートの特徴をこうも論じている。客は「陳列された商品の山と対峙」する。そして「商売のもっている妖婦めいた、人目をそばだたせる要素が途方もなく拡大する」のだと。

店・企業は、個々の消費者ではなく「大衆消費者」という一つの(仮想的)対象に向けた商売を行い、消費者の方も、世界各地から届く大量生産された数々の商品を前に、群衆(mass)の一人として買い物をするようになったのだ。工業化と国際流通網拡大の賜物であるデパートは、群衆としての消費者を魅了し、喜ばせるために作り出された消費空間だったともいえる。

ベンヤミンの考察は、19世紀パリのデパートについてのものだが、後の日本のデパートにも当てはまる。日本では1920年代以降、デパートが本格的に「群衆(大衆)」を顧客として取り込むようになった。その門戸がエリート層だけでなく、当時拡大しつつあった都市の中産階級層(公務員、銀行員、会社員など)に向けて開かれ始めたのだ。

その理由の一つは、1923年の関東大震災で打撃を受けたデパートの財政立て直しにあった。例えば高級品のみならず、日用品の取り扱いや、バーゲンを始める店舗が増加し、デパートの「大衆化」が進んだ。

※本稿は、モダンタイムズに掲載された記事の抜粋です(この記事の全文を読む)。
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