ブログトップ > ニューズレター | 第四期記事 > この世の終わり?…..いいえ、始まりの終わり

この世の終わり?…..いいえ、始まりの終わり

デーヴィッド・アイク週刊ニューズレター

2012年12月16日 日曜日

この世の終わり?…

…いいえ、始まりの終わり

みなさん、こんにちは…

定められた終焉を目前にして、僅かな日々を破滅パニックで待機しよう。マヤ族が、この世のサイクルは5125年前に始まり、2012年12月に破滅で終焉すると伝えていることは真実であろう。
そうなったか?

どこにもそんな証拠は見たこともない。ただ、複雑にされ広がって行っている。同意できないお役所的な難解な無駄口のようだ。マヤカレンダーの予言の舞台は、まるで「巨大な犬の朝食」(完全な乱雑―イギリスのスラング)である。この世が終わるとする人と、人間の進化のために新しいサイクルがスタートするとしている人がいるからだ。
以前から、私が言っていたようにどちらも間違いである。しかし、どちらかというと終わりであるというより始まりである、とする事のほうが真実に近いようである。
両陣営とも、木を見て森を見ることができない。数字的に難解な面を見すぎて、深遠なる展望ができないのだ。

2012年の概念は、古代マヤ人が信じているとされていることに基づいている。紀元前2000年から900年は、彼らの文明形成期であり、特に16世紀スペインに侵略される前の250年間は文明のピークであった。
古代マヤ族は、人間の進化の過程のサイクルをカレンダーにすることができる民族として有名であり、アジア人(インド哲学)が信じるユガ・サイクルと通じるものがある。

ユガ(YUGA)は、循環する4つの時期からなる「時代」の名前である。4つの時期とはサティヤ・ユガ、トレーター・ユガ、ドヴァーパラ・ユガ、そして最後にカリ・ユガである。また春夏秋冬のように、それぞれのユガは段階を持ち、徐々に移り変わって行く。
黄金時代から暗黒時代へのサイクルは、太陽系が別の恒星の回りを公転しているためだと言われる。
マヤカレンダーは、コロンブスのアメリカ大陸発見(1492年)以前、メソアメリカ(マヤ、テオティワカン、アステカ)と呼ばれていた古代民族の歴史の記述である。
「カレンダー」はコロンブス以前の(メソアメリカ民族)の時代、高度文明があったとされるメキシコの高地グアテマラ、ベラクルズ、オアハカ、チアパスで使われていたシステムである。少なくともBC5世紀頃からマヤ族を中心に展開してきた。マヤ神話に登場する「イグアナの家」とか「トカゲの家」と称された神、イツァムナー(Itzamna)が、彼らが暦を「カウント」と呼んだ、時間のサイクルの知識を与えたとされている。
2012年がはっきりとマヤの記念碑で見出されることは、5125年の長期暦(ロングカウント)との関係である。良いとは思えないグレゴリオ暦の解釈では、最新の長期暦の期間は、西暦紀元前3114年8月11日に始まったとされ、1582年にグレゴリー13世ローマ法王の法令によって決められた。
こうして、2012年12月の有名な「まもなくここに」の日マヤ暦のシステムから拡大解釈したのだ。

そうそう、これなら何もかもはっきりするでしょう。意味が通るし簡単でしょう?

ウィキペディアからマヤカレンダーの2012年12月21日のことについてみてみるとわかりやすい。

マヤカレンダーについて
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%A4%E6%96%87%E6%98%8E  日本語
http://en.wikipedia.org/wiki/Maya_calendar         英語

マヤの人々は天体観測に優れ、非常に精密な暦を持っていたとみられている。1つは、一周期を260日(13の係数と20の日の組み合わせ)とするツォルキンと呼ばれるカレンダーで、宗教的、儀礼的な役割を果たしていた。もう1つは、1年(1トゥン)を360日(20日の18ヶ月)とし、その年の最後に5日[2]のワイエブ月(ウェヤブ)を追加することで365日とする、ハアブと呼ばれる太陽暦のカレンダーである。

ワイエブ月を除いたハアブ暦(360日)とツォルキン暦(260日)の組み合わせが約13年(13トゥン)ごとに一巡する。これをベースとして4サイクルの約52年を周期とする 。この他、より大きな周期のカレンダーも複数存在していた。このようなカレンダーの周期のことをカレンダー・ラウンド(rueda calendárica)という。
また、紀元前3114年に置かれた基準日からの経過日数で表された、長期暦(ロング=カウント;Long Count)と呼ばれるカレンダーも使われていた。石碑、記念碑、王墓の壁画などに描かれていて、年代決定の良い史料となっている。この暦は次のように構成されている。

ハアブ暦の閏については、そのずれを調整しなかったが、新月が全く同じ月日に現れるメトン周期(6939.6日)を把握していたことが、ドレスデン・コデックスやコパンの石碑に19.5.0.すなわち360×19トゥン+20×5ウィナル=6940キン(日)の間隔を記載することによって実際には季節のずれを認識していた可能性やパレンケの太陽の神殿、十字架の神殿、葉の十字架の神殿の彫刻に長期暦の紀元の記載とハアブ暦と実際の1年の値である365.2422日との差が最大になる1.18.5.0.0.(長期暦の紀元から約755年経過した時点)の記載があり、これもマヤ人が1年を365日とした場合の季節のずれを認識していた証拠とも考えられる。

“みんな朝ごはんだよ!”

個人的には、後の西洋とは異なった文字システムを、マヤ族は持っていたのだが、それによると世界の終わりは、おそらく2013年1月27日と思うのだ。多くの学者は、マヤの文字「U」が現代の文字「K」と一致すると断言するが、マヤの「J」は現代の「F」などと同じだそうだ。
グレゴリオ歴の最初の月はマヤ語の名前では、J (F), A (U), N (C), U (K) A (E) R (D)とまとめられる。マヤの「Y」は、英語のクエスチョンマーク「?」に使用され、「why(なぜですか?)」の起源であり表示使用された。マヤの数字システムは文字に対応している。
数字の2と7の場合は「Y」と「E」になるのだ。「H」がマヤ族によって我々の「!」のように強調あるいは感嘆を示すために使われたように、「T」は我々の「S」の文字に関連している。

公共図書館の何十年もの研究の成果を参考にすると、2013年が、マヤ文明の終焉期であると私は解釈した。それは2013年がマヤ文明の完成であり、完結という意味でもあるのだ。
こうして、2013年1月27日がグレゴリオ暦で、マヤ暦のすり替えをしたのだ。(グレゴリオ暦は第十三月を消している)

以上。何も起きるわけがない。

2012年云々の騒ぎに巻き込まれていない、まともなマヤ族の学者は、いずれも世界の終わりに関連するマヤの記録はないと断言している。
マヤ族の学者は、一つのサイクルが終わり、新たなサイクルの始まりであり、世界の滅亡ではないと話していた。

子供のように、無垢な意識で、世界の滅亡の時を迎えてはどうか?
“はい、私が映画劇場をミスしたことを知っているが、終わりの結論はすぐに出るよ”
2012年の神話は、いつもの世界終末論の単純な反復行動で起きたのだ。人間の認識を反復することによって、プログラミングできないことはないはずである。

集合的な催眠術が、繰り返し行われると、受け取る側に強力な影響がもたらされる。「そんなことは常識だ」と思わせることは、昔からのテクニックだ。

「ジミー・サビルは子供たちの慈善団体に奉仕する素晴らしい人だ―皆そう思っています」

ホゼ・アグエイアス(José Argüelles、1939年1月24日 – 2011年3月23日)はミネソタ生まれ、1987年、『マヤン・ファクター』によって、マヤの叡智が時間の叡智であることを伝え、2012年が「太陽の時代の到来」であることを世界に知らしめた人物。13の月の暦の提唱者。

註:(2000年2月には、銀座での来日記念講演、「7デイズ・セミナー」。2001年7月25日、時間をはずした日に、天神祭りの祈りの中心、天満宮で祈る。また、中野ゼロで講演する。2004年4月文京シビックホール他、全国7箇所で「On the Road to 2012」と題して講演、セミナーを行う。2005年11月に来日、「富士山リーダーシップ研修」、講演などを行う。「ヌースフィア」への移行という2012年のマヤの預言の意味を伝えるために、2008年に9度目の来日。2011年3月23日、死去。)

私は、グルジア人のカレンダーについては意見が一致するが、ここ数年来の私の研究では、月暦のサイクルと波長が合う人たちの認識の目覚めと覚醒とは、彼の説とは違うものである。
アグエイアスは、彼の仕事の多くはマヤ・カレンダー説に基づいたものではないとい言うが、「マヤン・ファクター」のようなタイトルの本を出版するのは、明らかにあちら側のテクノロジーに結びつけらてるとしか思えない。私はアグエイアスが、多くの聴衆を惹きつけることのできるニューエイジの「スター」的存在の一人であったと確か覚えている。
そして、1990年代の終わりに、アリゾナで開催されたイベントで多くのスピーカーの中で、彼が主催者であったことも知っている。
そのイベントの最後の夜、私が、外の広場でひと握りの人々に向かって、「馬鹿な陰謀論」を話している間、彼はメインホールで多くの聴衆を集め話をしていた。その夜は、大変寒く私の話を聞く聴衆は、一人去り、二人去りと次第に少なくなったが、誰も彼のメインホールに向かう人はいないのだ。
かわいそうな、アグエリアスよ!

マヤ神話への関心は、多くの人々が2012年の滅亡について語ったので、知られてきたが、間違いであるとの理解も広まり、最近は萎んでしまった。
私は、アグエリアスに会ったことはないし、一番側にいた時でも壁で隔てられていた。しかし、彼の意図するところは悪くないと思う。
しかし、私は数年前バリのイベントで、話をしてくれと求められたが、アグレリアスが主催者に、私が、現われるなら拒否するだろうと言ったという、奇妙な出来事があった。彼とは面識がないのに、一緒に話す必要があるとかないとか言うことはおかしなことである。私は、ニューエイジとは何の接点もなかったのだ。

ディーパック・チョプラ(Dr.Deepak Chopra)博士とほかのニューエイジの人々は、私が彼らと同じに含まれていたので、製作者はスライブ(Thrive)の映画から距離を置くことを公式に決める必要があった。
この人たちが、サテライトカメラで、それを見る必要とする時、彼らが時代の先端にいると思う。
それでも、主流のメディアは私のことを「新時代のグル(導師)」と呼び続けるだろうが、何も付け加えることは出来ないし、必要もない。

マイケル・D・コー(Michael D. Coe)は、1960年の彼の本でマヤ予言は「この世のすべての堕落した民族を消滅させる日は2011年12月24日である」と示唆していたので、2012年説のグループから外されていた。
第2版が、1980年に出版されたとき、コーは2013年1月1日に修正し、1984年に第3版が出版された時には、2012年12月23日と修正している。
考古学者のシルバヌス・モーリー(Sylvanus Morley)は古代マヤ予言について1983年に修正し、それによって、同じ考古学者のロバート・ジェイ・シェアラーの見解がマヤの長期暦は2012年12月21日に終わるとしたのが最初であった。これらの日付は、信用できる証拠かい?0%だ!

「マヤの期日」と2012年説についての主張は、肯定派、否定派を含め一般的に、ホセ・アルグエリェス、テレンスとデニス・マッキーナ、ジョン・メージャー・ジェンキンス他の関係する人々によって、1970年代、80年代、90年代に注目された。皆が、同様に12月21日とか、2012年であるという事にさえ同意している訳ではない。
あるマヤ暦の研究者で著作者、カール・ヨハン・コールマンなどは、人々が次第に統一意識への変革を始める経験をする「シフト・デイ(Shift Day)」は2011年10月28日であるとした。

私が、2012年問題について、読み解いたところでは、いずれ世界の滅亡説の悪夢から人類の覚醒が喚起されるであろうと云うことであった。

スウェーデンの生物学者、カール・ヨハン・コールマンは、1979年にマヤ・カレンダーの調査をし始め、西洋の進化論問題とマヤの9つの「暗黒」時代の相互関係に気づいた。彼は、人類の進化は時間のコード(’time-coded’)化がなされ、人類の基本的な発達をもたらしたという結論に到達した。

コールマンは、それぞれのマヤ時代の意識拡大と対応する複雑な生命体の発達と結びつけた。コールマンは、其々の時代が、終了しスタートする時には、終わりの頂点が、新しい時代の始まりと折り重なった、複雑な世界で共存するとした。
終末が1日で単に、慌ただしく終わるとすると、大変混乱するという事だ。「ビッグバン」によって世界が始まったとする理論―私はすべてを否定はしない。

我々は、巨大なコンピューター・プログラムに相当する中にいて、コールマンの人間開発バージョンに住まわされているようだ。我々が、「時間」、「過去」そして現在経験する現実のハッキングプログラムが最初である。― 更に仮想現実さえも不正アクセスされている。あなたが、コンピューターに不正アクセスする時、プログラムは有効でなければ働かない。

コールマン、マヤ族、ヒンズー教のユガが図示する、基本的な主題とサイクルは最初のプログラムであり、私は自分の本で「ハック」を詳細に説明している。
幻想意識である「時間の輪」と言う言葉で、私は以前から表現しているが、彼らが説明している事は、その事である。実際に、エネルギーの監獄として閉じられたシステムの中で、幻想意識と錯覚させられ、ぐるぐると回っているのだ。

あなたが、この巨大なサイクルの一部をだけを経験しているとしたら、「現在」を通過し、「過去」から「未来」まで、一方的にその運動に乗せられているはずである。我々はスタートした時から年を取らされ、そのまま突き進んでいるに違いない。
その様な見識を漠然と持っている者は誰でも、常に旧式の無知と愚かさによって、人間の文明社会が終期を持っていることを知るのだ。そのことだけを取っても、我々はより高い次元への覚醒を現実に経験することは出来ないのだ。人類の認識が覚醒されそうになると、クリアーするように設計されたプログラムがボード上に待機されているように思われる。それは、プラスチックのロバが振り捨てる重い小片を、あなたがどれだけ保持できてその重さに耐えられるかのゲームバージョンだ。

そのことがプログラムに優先して、「ロバ」がもう何も蹴落とすことが出来ないポイントに至るまで、その挑戦が人間の意識を拡大し、完璧なプログラムの脅威下にあるステージに達すると、再び元に戻りスタートとなる。― 今、増々その状況になっている。

マヤ暦とユガの「時間」のサイクルに対する観念は、それらの理解が本当にどれくらい進歩しているかの開示ゲームに過ぎない。「時間」が過去、現在、未来と人に錯覚するようデコードするプログラムに書き込まれているコード以外、「時間」は実際には存在しない。ただ、無限で、永遠の現在があるだけだ。

臨死体験を持つ人たちが、臨死の認識について話すとき、現実の時間の存在はないと述べている。最近のよく知られた例では、アメリカの神経外科医で「天国の証明」著者のエベン・アレクサンダーは、彼が肉体から抜けるときは、無限空間だったと答えている。

我々が、認識している「時間」は、個々のフレームに連続性を持たせ機械的に、まるで映画のように「今」(Now)を見るために組み立てられた、左脳のプロセスに過ぎない。これは「時間」が、相対的である理由である。― 歯科医の椅子では、時間が遅く過ぎ、楽しんでいる時間はすぐに過ぎるのと同じだ。
脳は「今」(Now)を錯覚の連続シーンで相対的に組み立てられ、異なった状況に直面すると、デコーダーの認識によって規定される。

マヤ暦とユガ暦が「時間」のサイクルを測っている事実は、まさに「時間の輪」が、プログラム上で影響を受け、潜在的な効果を表している事を意味する。それは、一見進歩しているようだが、拡張された認識で観察すると全く原始的なものだ。我々は、古代の知識を基に見ることが重要である、なぜならそれらは真実と興味深い関連性があり、そこに多くの覆い隠されたものがあるのだ。
本当の知識が、全ての可能性を発見できるが、しかし、時折、主流の科学が古代の知識を迷信として無視するという状態で、対立することもある。いずれも良くない。

私が、1990年から「真実のバイブレーション」を私自身が種々の手段で体験し悟り始めたことを書いた。― 錯覚の罠に閉じ込められたマインドを開くため、現実の共有するフィールドの認識の覚醒である。
私は、この転換が、静かな眠りから最初に覚め、それをきっかけに次々に影響力が強力に及び、深い眠りからも、マインド(心)が開かれ覚醒されるはずであると話したことがある。

「時」については何の証拠などないが、しかし、今、たくさんの人が自ら気づき始めていることは確かである。まだ、大多数とは言えないが、23年前より、急速に数は増加している。私は、何回もの講演旅行と現実から覚醒した多くの人々の数から、これらの空想物語が本物であったことを知ることが出来る。

これは、私が常に世界の終わりではなく、意識の地球的な目覚めの一部であり、マヤ暦と2012年問題を取り上げる人たちとは、全く違いがあるというところだ。
彼らは、マヤ暦、ユガ時代と一致する「自然のサイクル」の時期として、意識の目覚めが起きていると見て、強く主張している。私はそうは思わない。真実のバイブレーションが、この現実の構造を解明し打ち破っていくと予測されている間、マヤ暦とユガ時代のサイクルとしてプロブラムを判断し、符号しようと企てている。 ― この世界は自ら作り出した、現実界の監獄である。―

真実のバイブレーションによって、多くの世界中の人々が、次第に心(マインド)が開かれている。それは、人間の覚醒を弱体化するためにサイクル(循環)に入り込もうとするプログラムサイクルの一部ではなく、進歩した認識(気づき)である。その為に、それらは、潜在的に計算可能な期日とプログラムのサイクルである時間の配列は含くまれてはいない。眠れる森の美女を探している「王子」と同じで、現体験は現実の振動(バイブレーション)の中に組み込まれている。

私が、1990年に言ったことだが、真実のバイブレーションは隠れたすべてのものを表面にもたらす力があり、コントロールシステムは、それを阻止しようと必死に止めにかかっている。真実のバイブレーションは、幻想の時間軸とか或いはデジタルの現実では答は出せない。同様に、それは星占いの領域から外れているので、占星術からの影響にも関係していない。ただ単純に気がつくことなのだ。気づきを感じて覚醒し、更にそこにある真実のプログラムとバイブレーションの場を加え保持することだ。

彼ら自身の精神を貶めることをやめ、ついに人々は目覚めた。

いずれにしても、私にとって問題の2012年は重要ではない、そして2011年、更に2013年、2014年、2015年、2016年すべて何の意味もない。我々が、これらの年代、「時間」と認識するものを通して、真実のバイブレーションは人々の意識に対しての影響が増し、幻想とバリアー、そしてコントロールシステムが次第に取り除かれて行くはずである。
監獄あるいはパラダイス、または中庸な状態でいるかもしれないが、2016年の方が、2012年より注目に値する、その頃までには我々がおそらく目覚めについてどこにいるのか、そして我々の子供たち孫たちは、何が待ち受けているかを大いに知ることになるはずである。
私は、呑気なままだ。そして、「最後の審判の日」が過ぎ去るのをそのまま受け入れる。

私が、覚醒の旅のスタートをした、1990年を振り返ってみると、その頃はまだ自覚していないが、我々人類の覚醒が始まったばかりで、グレゴリオ暦2013年1月を無視する準備であったと思うのである。
多くの人々が、自分自身を見つめ、正しい世界が驚く程広がっていることは、23年前と比べると比較にならない。世界的出来事と個人的体験による、新しい見方で、人々が人間社会を見るにつれ、その傾向は助長されていく。それは非常に勇気づけられるが、まだ始まったばかりで、終わりの始まりにも到達していない。

アイク翻訳委員会:早乙女

関連記事:

コメント:0

コメント欄
個人情報を記憶する

トラックバック:0

この記事へのトラックバックURL
http://www.davidicke.jp/blog/%e3%81%93%e3%81%ae%e4%b8%96%e3%81%ae%e7%b5%82%e3%82%8f%e3%82%8a%ef%bc%9f-%e3%81%84%e3%81%84%e3%81%88%e3%80%81%e7%b5%82%e3%82%8f%e3%82%8a%e3%81%ae%e5%a7%8b%e3%81%be%e3%82%8a/trackback/
Listed below are links to weblogs that reference
この世の終わり?…..いいえ、始まりの終わり from David Icke in Japan

ブログトップ > ニューズレター | 第四期記事 > この世の終わり?…..いいえ、始まりの終わり

最近の記事
最近のコメント
  • Loading...
タグ一覧
カテゴリー
アーカイブ
ページ一覧

ページの先頭へ