ホームへ戻る

紀尾井町オー・プロヴァンソーの春の風物詩―白アスパラガス尽くしの献立

紀尾井町オー・プロヴァンソーの春の風物詩―白アスパラガス尽くしの献立

3月になると、紀尾井町の中野食堂、ビストロ「オー・プロヴァンソー」では恒例のホワイトアスパラガス尽くしの特別コースメニューが始まる。フランスはロワール産のホワイトアスパラガスを使うので、3月いっぱいで終わってしまう。
フランスではホワイトアスパラガスは一般には5月が旬であるから、フレンチでも和食の筍のように新物が珍重されるのであろうか。
アスパラ尽くしは、昨年もこの欄に載せたが(グルマンライフ2015.3.18)、今年の料理はまた一段と進化していたので再びご紹介しようと思う。このコースメニューは3月いっぱいはやっているので興味がわいたらお試しくださればと思う。
今回は縁あって、グルメでも知られた高名な脚本家S女史とご一緒したので、中野シェフも一段と張り切ったに違いない。従って今回ここでご紹介するメニューはS女史向けスペッシャリテになっていますので、通常のコースメニューとは多少異なっていますが、それは有名税を払っている人だけの特権的役得分とご理解くださればと思います。

1.フレッシュのサラダ仕立て。
紀尾井町オー・プロヴァンソーの春の風物詩―白アスパラガス尽くしの献立
半生に火入れしたランゴスティ―ヌと鮑をスライスしたものの上に アスパラガスを生のまま薄くスライスして乗せて、生雲丹のソースをかけた一皿。アスパラガスが野生のウドのような食感で新鮮であり、手長海老と生雲丹のソースとのハーモニーも抜群であった。

2.フラン(茶碗蒸し)
紀尾井町オー・プロヴァンソーの春の風物詩―白アスパラガス尽くしの献立
ホワイトアスパラガスを濾したものに生クリームと卵黄を加え、毛蟹のほぐし身を加えて蒸して茶碗蒸し様に仕立て、カプチーノの泡に黒胡椒を振り掛けたもの。

3.蒸したアスパラガスを海苔のソースで
紀尾井町オー・プロヴァンソーの春の風物詩―白アスパラガス尽くしの献立
ホワイトアスパラガスは皮に旨味があることは良く知られている。だから剥いた皮と一緒に茹でるのが良いとされているが、それなら蒸した方がうま味が逃げないだろうというのがプロの発想なのであろう。蒸したアスパラガスにヴェルモット酒で蒸した蛤とその出汁に生海苔を入れたソースで頂く春満開の一皿。

食事中の会話では、S女史が手掛けた美容外科クリニックを舞台にしたドラマが話題になり、そこで監修などで協力した医師の多くが小生の近い知り合いであったり、なかには、おかしなGMエピソードを繰り返す某女医の話などが共有出来たりして面白かった。またS女史の、J女子大付属高校の思春期から成人期に至る4人の女性を描いた小説の主人公の一人のモデルとなった人が小生の医局の後輩であったりして、世間の狭さに改めて驚いた。
また「先生(小生のこと)はいい歳になってから、何故、形成外科から精神科に替わったのですか?」と質問を受けたので、「精神科は、形成外科の対極にありながらも、何処かで繋がっており、それは私にとって影(アニマ、アニムスのように)のようなもので、これを体験することによって、自己実現が出来、人生の終盤に当って自分の統合が図れ、無事に成仏出来るのではないか、と考えたからです。」とお答えした。
実は、一人の作家(含む脚本家)の書く小説をフィクションとし、エッセイをノンフィクションとして読むと、作家は自分のいくつもの影を小説の中の主人公に投影して、いわば自己実現をはかっているのではないだろうかと思え、だからこそ小説家は案外「老いる」ことのストレスが少なく長生きするのではないか、と不遜にも思ったりしたが、それを確かめる機会はなかった。
ジルサンダーを粋に着こなすS先生においても、その風貌からは伺い知れない、大胆な多面性があるのではないかと怪しんだが、それを確かめるのは、せめて次の機会以降にすべきかなと思い、今回は言葉を飲んで食事に集中することにした。

4.蒸したアスパラガスをオランデーズソースで
紀尾井町オー・プロヴァンソーの春の風物詩―白アスパラガス尽くしの献立
定番のオランデーズソースであるが、エストラゴンを漬けたビネガーで酸味を補ってオリジナリティを出している。程良い硬さに蒸したアスパラを丸ごと頂く。
小生はもともとビネグレットソースの方が好みであるが、それはおそらく40年前にパリのビストロで初めて食べたホワイトアスパラガスがそれであったので、その初体験の味が忘れられないからだと思う。若き日の、5月のマロニエの新緑の眩しいテラスでの食事は今でも目に浮かぶ。

5.フランス産仔牛フィレ肉のロースト
紀尾井町オー・プロヴァンソーの春の風物詩―白アスパラガス尽くしの献立
絶妙な火入れでローストされた仔牛のフィレ肉にホワイトアスパラガスを短冊切りにしソテーしたものを載せ、海老と黒トリュフのソースでいただく一皿。
シェフの仔羊のローストもまた逸品で、小生の「最も美味しい一皿」の一つだが、このロティの火加減だけはそのうちに盗みたいものと狙っている。

6.チーズはエポアスと、ブルー・デ・コース、ミモレットの盛り合わせで。
7.デザートはデコポンのコンポート
紀尾井町オー・プロヴァンソーの春の風物詩―白アスパラガス尽くしの献立
デコポンのコンポートにメレンゲを混ぜたフレッシュチーズとクランブルのクッキーが添えられ、ライムゼストとオリーブオイルがかけてあった。デザートはその他にモンブラン、フレッシュイチゴのデザートなどがあり、皆がそれぞれを楽しんだ。

以上、料理はホワイトアスパラガスの滋味をとことん引き出すために、クラッシックな手法から和風テイストにモディファイされたものまでと、シェフの力量がいかんなく発揮されたものであり大満足であった。
料理は星つきのグランメゾンに劣らないものであるが、プライスはビストロレベルであるのが、小生のような年金生活者にはまた殊の外、嬉しいのである。

中野シェフは京橋のシェ・イノで修業し、溜池のボンファムでシェフとして腕を振るいながら自らの料理のスタイルを作り、現在のオー・プロヴァンソーのオーナーシェフとなって9年目という、まさに脂の乗り切っているフレンチのプロフェッショナルである。

小生が医学部の教員をしていた頃は、臨床、基礎研究ともに『守・破・離』を信条として、自らも、そして後輩達にもその様にあるように指導してきた。

「守」とはこれまでに到達された学問、臨床を徹底的に学習し自分の身に着けるようにする、「破」は、それらが本当に身に着けば、それまでの到達地点の限界が綻びのように見えてくるという意味である。そしてやがてその先を行く自分のオリジナリティが出てくる、つまり「離」となるのである。

これは半導体や光ファイバーの開発者である文化勲章の西沢潤一先生の著書「独創するは我にあり」から拝借した研究者としての姿勢の理念であるが、同じことは料理人にも言えると思う。
シェフ中野氏はシェ・イノで師匠の鉄拳を浴びながらも毎日毎日同じソースを作りながらフランス料理の基礎を身に着け(つまり「守」)、ボンファムで責任者になると自分の料理のスタイルを模索し始め(つまり「破」)、そして目途が付くと自分の店を持ち、更にスタイルを深化させ、今まぎれもなく自分流を確立した(つまり「離」)のではないかと思う。

小生は未だ一年足らずのお付き合いであるが、この間にも料理は確実に進歩し、今や自分の料理に迷いが無く、自信に溢れているのが良くわかる。多分イメージした料理が自由自在に融通無碍に作れるのであろう。客のリクエストは何でも受けるという、いかにもプロフェッショナルな料理人のスタイルが僕の感性によく合うのである。
それにユーモアを解し、会話のセンスも良い。

おそらく、三つ星、二つ星クラスの有名店は殆ど御存知であろう、グルメとしても有名なS女史も、今回のホワイトアスパラガス尽くしのメニューにはご満足いただけたのではないかと思っている。というのも、中野シェフの志のある料理人こそが達し得る卓越したセンスの良さを、作家の鋭い感性で、感じとって頂けたのではないかと思うからである。
紀尾井町オー・プロヴァンソーの春の風物詩―白アスパラガス尽くしの献立

ログイン