【再録】 諸國ふるほん漫遊記 宮古島南海幻想篇/上

(本編は2008年2月に「Junkland LT」に掲載した記事の再録です)

なにかもうCMの中みたいな都の海。ただし3日間の滞在中晴れたのは数回

なにかもうCMの中みたいな宮古島の海。ただし3日間の滞在中晴れたのは数回

古本屋さんといえども小売業ですから、基本的には買い手がいなければビジネスとして成り立ちません。近年はインターネットを利用した通信販売や、デパートなどでの古書展での販売をメインとする古本屋さんも増えていますが、店売りについては、やはりある程度の来客がなければ商売にならないはず。つまり、一定の古本購買人口が見込めるロケーションでなければ、古本屋さんがお店を維持するのは難しいんじゃないかなあ、と愚考するわけですね。当方も日本国じゅう北から南まで、いろいろな町をお訪ねしましたが、やはり昔ながらの古本屋さんが元気よく営業しているのは(東京は別として)、大学が複数ある町や長い歴史を持って栄え続けている城下町といった処が中心であるように思えました。まあ先日お訪ねした香椎のように、町の規模は小さくとも大都市に近かったりすれば、まだやりようはあるのかもしれませんが、地理的に孤立した人口も少なめの土地では、古本屋のビジネスモデルはなかなか成立しづらそうです。ネット販売が主力の場合も、仕入れや出荷の手間、コストを考えれば、やはり都市圏に拠点を置いたほうがだんぜん有利でしょう。

滞在中のほとんどはこういう「海の向こうで戦争が始まる」っぽい天気でした

滞在中はほとんどこんな「海の向こうで戦争が始まる」風の天候でした

そう考えると。南海の果ての離島なんて、たぶん古本屋経営にもっとも向かないロケーションの1つなんじゃないかな、と思えるわけで。こんなちいさい島に気の利いた古本屋さんなんてあるわけないよなあ――と。去年の初夏のころ、宮古島ツアーを計画したときは、そんなふうに思っていました。そもそも今回は、完全に仕事抜きのバケーション。きれいな海を見ながらひたすらビールを飲めれば、それでよし!と思っていたので。とりあえずできるだけ南の、あまり不便過ぎない島であればどこでも良かったのですが。候補に上がった島々(与那国島、西表島、石垣島、宮古島)をターゲットに遊び半分検索をかけてみたところ、宮古島にだけヒットするんですよ。古本屋さんが。ひょっとして日本最南端の古本屋さん? いやまあ、もしそうだったとしても、内容は期待はできませんよね。新本屋の片隅に古本をちょびっと置いてるとか、そういうレベルでしょ。まあ、ビールに飽きたら暇つぶしに行ってみるのもいいけどね、とかなんとか。微妙にゴーマンな気分で宮古島を選んだのでした。

『スシ王子』で親方が王子に説教するときの岬。風光明媚すぎて火サスには向きません

『スシ王子』で親方が説教する岬。風光明媚すぎて火サスには不向き

宮古島といえば、昨年、堤幸彦監督のテレビドラマ『スシ王子』(※1)の舞台になった島。あれで少しばかり有名になったでしょうか。沖縄本島からさらに南へ下った太平洋上に浮かぶ周囲117.5kmほどの島であります。位置は沖縄と台湾の真ん中あたり、本土より台湾の方が近いくらいの亜熱帯エリアで、当然、温暖な気候のもと素晴らしく美し海が広がっている!はずなんですが。滅法界天気が悪いのです。6月初旬の梅雨明け直前の時期、雷雨が10分おきに来襲するほかはひたすら曇り空。たまに5分間ていどなら青空がのぞかないでもない、という感じで。「ビーチに寝転がって何も考えないでひたすらビール」計画は、上陸3分後に崩壊しました。あのなぁ、3日以上続けて休めるなんて年に2回くらいしかないんだかんなあ、と半泣きになりながら宿へ車を走らせていると、なんと街道沿いに大きな古本屋さんが! しかも、当方が事前にリサーチしていた店とは別の、未知の、未発見のお店です。って、まあただの「GEO」(※2)だったんですが。とりあえず探すともなく探していた本を1冊見つけたし(※3)、これで本命がダメダメでも諦めが付くかも、とか思っていたわけですが、本命の麻姑山書房は、そんなせこい気分を丸ごと吹き飛ばす、MM9クラス(※4)のスーパーな古本屋さんだったのです。

目抜き通りではおばあたちがお店を出してます。人通りは皆無に等しいですが

目抜き通りではおばぁたちが店を出してます。人通りは皆無に等しいですが

そのお店、麻姑山書房さんをお訪ねしたのは、2泊3日の旅程の最終日となる3日目午後。数時間後にはもう東京へ帰ろうかという、ギリギリのタイミングでした。前述のとおり、今回はCROFTSWERKどころか、そもそも古本屋さんとしてまったく期待していなかったため、スキューバをしたり宮古そば食べたり酔っぱらったり、酔っぱらったり、酔っぱらったりしているうちきれいさっぱり忘れ果て、こんな落ち着かない時間帯に探索する羽目になったのです。そもそも、ここまで天気が悪いなりに南の島のお愉しみを満喫しまくったので、八割がたお腹イッパイ。すでに古本屋さんなんてどうでもいいさあ的気分だったのも否定できません。ともあれ。用意しておいた地図をみながら歩き始めました。とりあえず島の繁華街であるらしき大通りを一本裏道へ折れて10分弱。歩を進めるほどに通りは寂しく、がらんとした感じになっていきます。地図が正しければ、もうお店はこのあたりにあるはず。ですが、いくら見回してもそれらしき建物はありません。それどころか、街中というのに徐々に緑の色が濃くなっていく。人の姿はなく、歩いているのは猫ばかり。

これを一見して古書店と気付くひとは、たぶんあまりいないでしょう

一見して古書店と気付くひとは、あまりいないでしょう

うーむ。これはもう、撤退しちゃったのかもしれないなあ。切ないことですが、ぶっつけ本番の突進を旨とするふるほん漫遊では、これもありがちなこと。空振りもまたよし!とか、悔し紛れに呟きながら踵を返そうとしたとき、ふと気づきました。――あの森、なんだか不自然じゃありませんか? 通りに面したまばらな家並みの真ん中に、鬱蒼とした濃い緑のかたまりがもっさり蹲って、森というには小さく、屋敷林というには大きい。さながら街中に侵食してきたジャングルの太い指先のようです。ヘンですよね。曲がりなりにも繁華街のすぐそば、という街中に、なぜまたあんなトトロの森があるのか。夢でも見ているような気分のまま近づくと、びっしり幾重にも重なった厚い葉と枝の奥に、かすかに建物の外壁らしきものがのぞいています。道に面した密林の一部が小さく切り抜かれ、そこにドアらしきものも。周りには、読みにくい手書き文字で書かれた手書き看板が無数につり下げられています。曰く「冷やかしご遠慮ください」「なんとなく見るだけの方お断り」「カバンはレジに預けてください」「探している本がある方はレジまで」……ううう。

近づくとますます分らなくなります。なんなの? いったい

近づくとますます分らなくなります。なんなの? いったい

この、ちょっと不審を感じるくらい注文の多い、邪魔くさい客はいっそ来てほしくないんだかんな的口調は、ある種の古本屋さんに特有のもの。ということは、ここが麻姑山書房さんなのでしょうか。それにしても、この緑はいったい何。カムフラージュなのか(何を? 誰に対して?)。店主さんの趣味なのか。それとも、単にほったらかしていたらこうなってしまったのか。分厚く重なった濃い緑で覆いつくされた建物は、よく見ると奥の方へ長々と広がり、その全体像は容易に見通せません。もしこの緑のかたまりぜんたいがお店というなら、麻姑山書房は相当の大型店ということになります。期待すべきなのでしょうか? しかし、一方でこの秘密要塞めいた密林カムフラージュ&窓のない異様な建物、注文だらけの看板と来ては、入りにくいことおびただしい。当方のような素人を脅えさせる、敷居の高い古本屋さんはいくらもありますが、こういうタイプの危険を感じるのは初めてです。もちろんここまで来て、まさか引き返すわけには参りません。意を決し、おっかなびっくり緑のドアを開きました。(この項つづく)

※1 いまだったら、NHKの朝ドラ『純と愛』の舞台として、でしょうか。『純と愛』は見てないんでアレですが、たぶんはわたしは『スシ王子』の方が好き。これは映画版ですが→。http://www.youtube.com/watch?v=1H8e_mn2Z9c

宮古島のゲオ。けっこうふつうにゲオでした

宮古島のゲオ。けっこうふつうにゲオでした

※2 ゲオ(GEO) なんかもう日本国中、大きめの街道ならどこにでも必ずある。といっても過言ではない、中古ゲーム/中古CD/中古DVD/古本の販売店チェーン。全国800店以上ある模様ですが、どっちにしろ古本にはあんまし、というかぜんぜん力を入れてない感じ。

※3 『絶望系 閉じられた世界』(谷川流 電撃文庫05年4月刊)なんで読みたいと思ったのか忘れました。

※4 最近、山本弘さんの新刊(『MM9』山本弘 東京創元社07年11月刊)を読んだもので、使ってみたかったのでした。誤用ですが。本はとても面白かったですよ。怪獣ものSFなんですが、どう転んでも「物理的にあり得ない」怪獣という存在を、超絶技巧的なレトリックに満ちた疑似科学でもってリアルに、というか「科学的っぽく」描いてみせたところが楽しい。しかし、この手のSFやホラーで、オチが○○ゥ○○というのは、もう食傷気味。

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