我が科学革命の道のり

(2013/3/25)少し修正・追記をした。

 物理学の世界に踏み込む切っ掛け。  今思う事は、科学と己の意識の間に途轍もない複雑な関係が渦巻いている。何も知らない世間知らずの自分が、ただ流されていた。事件の渦中に投げ込まれたのは、昭和60年3月であった。長岡技術科学大学から長岡工業高等専門学校へ邪魔者排除の対象に選ばれた。中曽根(康弘)臨時教育審議会の抹殺対象として好適であったようだ。筆者は電力変換工学などの所謂強電部門を専門としていた。PWM変換装置
《(挿話)丁度その当時開発・研究していた回路が並列多重化電圧型PWM変換装置で、右に示したものである。昭和60年4月の電気学会全国大会では、発表を欠席せざるを得なかった。「詩心 乗せて観世の帆掛船」 37号 不思議は智慧との出会い旅 で取上げた。この回路には今でも私が惚れる不思議がある。制御方式が極めて単純でありながら、制御性能が優れている。あれから『瞬時電力理論』の実電力・虚電力応用の研究開発からは遠ざかってしまったので、不思議はそのままで置き去りと思う。ヒステリシスコンパレータ制御方式で、写真の波形は三相の一つの a 相電流 ia を三組の変換回路によってそれぞれ勝手に制御すると、偏差電流 ia1,ia2 および ia3 の波形が自動的に多相化制御され、その合成電流即ち a 相の系統電流 ia は指令値に極めて良く追従した電流となる。この自動的に制御される意味は、十分解析せずに中断した事を残念に思っている。ややもすると、強引な制御方式の回路設計をし易いが、理論過信に陥る危険を避けるのみならず、自然には不思議な安全が隠されているのかもしれない。生物多様性が地球の安全の仕組みのように。人間の知識を振りかざしても、たかが釈迦の手の中の世界と!》

  さて、3月中頃に突然決まった移動で、4月からの長岡高専での授業担当科目が4,5年生の電気磁気学と数値解析と告げられた。どれも全くの専門外である。電磁気学は学生に教科書も無い。授業の一歩から全て手作りで行った。全てをポインティングベクトルによる解析法を導入して進めた。世界にない授業展開である。長岡高専には二年間いた。この抹殺対象人事に関わったことが、今の物理学基礎理論に対する深い認識に到達する原点となった。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」の例えがある。人生の不思議な因縁さえ感じる。電気磁気学の授業を始めるに、先ず『アンペアーの法則』と『ファラディーの電磁誘導則』の矛盾の解決に迫られた。
 
 筆者は電力変換工学の『瞬時実電力・虚電力理論』の4次元空間ベクトル展開で、微分演算子(div,rot,grad)の電力理論への適用を考えていたので、電磁気学への思い入れも深かったと思う。《金澤: 空間瞬時ベクトル解析法と交直変換器への適用 電力技術研究会資料 PE-86-39  (1986.8.4) 》は注目された筈である。物理学基礎理論が虚飾に満ちたものであると断言できる認識に到達するまでには、殺害の地獄の中を生き延びた経験があった。生命を掛けた沈黙の戦いを過ごした。その成果が、自然科学の『神髄』と思う。それが昭和62年4月に仙台市、東北大学で発表した『静電界は磁界を伴う』-この実験事実に基づく電磁界の本質―(電気学会全国大会 32 )である。翌年NatureのLetterにも投稿したが、所属の無い立場故に諦めた。その査読評にも great interest とあった。今思っても大変な科学革命の本質を指摘した内容であった。ある新聞に『ノーベル城のお殿様』と言う漫画の連載記事まであった。その4月にはフランスのイブモンタン氏が来日した事を印象深く覚えている。この歴史的発見にまつわる、多くの神秘的で、運命的な事柄は『耀發』にも認めてある。今も、新潟県(教育長と教育委員会委員長との組織体制の権限不明?)の欺瞞雇用・職歴なし(採用辞令の発令なし)の16年間も踊らされた愚かさを恥じ入って居なければならない。だから世界的な発見も陽の目を見られない。その偽装・幽霊教職で、工業高等学校での担当科目は電子工学を皮切りに、電気機器、発送配電、電気法規、電力応用などの指導に関係した。今強く思うことは、物理学教育が座学で、技術訓練なしの理論伝達教育では物理的感性の習得は無理かも知れないと思う。物理教室で、技術教育をどう取り入れるかが大問題である。高等数学や数式を取り扱っても、変圧器自作の経験なしに電磁気学の理解は困難であろう。結局古典教育の伝達法になり易いだろう。

 昭和60年からの数年間は、地獄の暗闇と光の探究の毎日であった。光と電気磁気学の統合には参考文献が必要であった。2冊挙げる。アインシュタイン選集1,2,3巻(湯川秀樹監修 共立出版)。科学革命の構造 トーマス・クーン著(中山茂訳、みすず書房)。トーマス・クーンの科学革命を読んで、筆者が予見する電磁気学概念の知見が、世界の科学認識の混乱を解決する道になると確信した。その書籍の「まえがき」の一節を挙げたい。「・・時代おくれになった科学の理論と実状に眼を向けてみると、私がそれまで待っていた科学の本姓と、科学が特に成功を収めた理由についての、私の基本的な思想の若干は、根底からぐらついてきた。これは、われながら驚くべきことであった。・・・ 」 この文が当時の筆者の思いに一致した。世界の物理学理論に革命的変革をもたらす知見・発見であった。しかも論理的予測に基づいた実験結果であった。生命を掛ける価値を覚えた。自分がやらなければ、誰に出来るかと。もう25年以上経ってしまった。国籍条項欠格と言う日本政府の行為、新潟県、長岡市および十日町市全てが関わる人権侵害行政が原因と解釈する。昭和16年12月19日に何故日本海軍舞鶴鎮守府、巡洋艦香取丸(昭和19年2月7日被爆後被弾沈没、同年3月31日船籍除籍)に戸籍移動されたまま。私は何者でしょう(3)故郷貝野村と舞鶴鎮守府

 2.日本物理学会に入会して     1997年に会員にしてもらった。1988年10月、滋賀県琵琶湖湖畔の近江八幡市での電気学会電磁界理論研究会での実験写真データ(昭和61年に、長岡高専で撮り纏めた世界初の実験写真記録)発表後は、社会から逃避した。『瞬時電磁界理論の実験的検証とその意義』資料、EMT-88-145 (1988.10)。高専での殺害対象の本当の意味を探るための迷路を彷徨う。父の遺品『軍歴表』にそのすべての意味が隠されていた。原因を掴んで、ようやく頭に描いてきた新しい物理概念の発表を始めた。1998年宇宙線部門で、『物理的概念とその次元』を皮切りの発表にした。内容は物理学の本質的新概念である。それはエネルギー[J(ジュール)]とJHFM単位系に示した表にしてある。次は、アインシュタインの『特殊相対性理論』の詭弁性を指摘する長年の課題の発表。光速度の探究は、電気磁気学と切り離せない課題である。マイケルソン・モーレーの光の相対速度検出実験失敗の意味も、前出の『アインシュタイン選集1』を読み解く事で納得、理解できた。『嘘』の詭弁論である事が。 電気磁気学は物理学基礎理論の一翼をなす。その発表論文は、『誤った電流概念』(2005)、『クーロン力とは何か』(2005)、『超伝導現象の誤解』(2008)、『エネルギー流と回路解釈』(2008)および『虚偽に満ちた物理学基礎理論』(2010) などの日本物理学会で行ったものである。その内容は主に電磁気学の中心をなす電流概念の棄却を論じたものである。昭和62年秋、千葉県館山市での電気学会電磁界理論研究会で、理論的に電流概念の矛盾を始めて論じた。『電磁エネルギーの発生・伝播・反射および吸収に関する考察』(1987)。 その肉付け的内容を、様々な方向から指摘して、「電流の物理的矛盾」を発表した。電流が電気回路の導線の中を流れ得ないことを指摘した。それは同時に、『電荷』の概念を破棄する必要性を主張するものである。

『量子力学』は現代物理学を特徴付ける中心的分野である。1905年にアインシュタインが『光子』論を発表した。それに対して、ノーベル賞が授与された。その業績は偉大で、流石と思う。1900年にマックス・プランクが発表したプランク定数hがある。・・・中断・・・。  光の最小単位、光量子は雷の1波と同じエネルギーの分布波形である。光を構成する元になる元素など存在しない。『光こそ実在世界の根源的素粒子である』

3.原子構造とマグネット 小さな磁石が日常生活でたくさん使われている。とても強い力で引き付ける。
電気・物理発表資料(2)
 その力の素は何だろうか。何処にその原因があるのか。物理学は、きちんと説明できない。磁力線と言う引き合う線が磁石のN極とS極の間にできる。その線がゴム紐のような働きで、引き合うと。誰もがそう説明されると、素直に納得するだろう。しかし、私にとっては磁力線などと言う『実在しない物』を掲げられると、実在しない事を実証しなければならない『途轍もない否定論』の証明が要求される。それは『電荷』と言う『非実在物概念』と同じである。誰もが『光』の存在は否定できない。しかし、光が何から出来ているか、その素は何かと言う『疑問・問答』が西洋哲学、西洋自然科学には無かった。それは東洋哲学の、禪思想の『色即是空・空即是色』の意識において初めて、認識可能の世界観である。全ての根源に向かって問答を発する意識において初めて可能であるように思う。科学の思考の拠り所として、『電荷・磁束』を掲げた理論には到底越えられない自然界の壁である。だから、『光』が『光量子』が空間に実在する『エネルギー』と言う全世界・宇宙を構成する『真の素粒子』、それを筆者は『素原』と呼ぶことにする。

『電荷棄却の電子スピン像と原子模型』(2009年9月13日、神戸市甲南大学で、素粒子理論分科会で発表)で原子構造の革新的解釈を発表した。理論的矛盾排除の結果としての到達点である。教科書的原子構造論は、原子核の陽子数と同数の電子が原子外郭軌道を回転している描像で捉えている。そんな描像は『嘘』であるというのが本発表の趣旨である。筆者が高等学校で習う最初につまずいたのが、物理・化学の原子結合の『共有結合』の不可解さであった。とても理解できない結合の説明である。空間を頭に描いて、目の前の空間に4価の原子、炭素などがダイヤモンド結合していることを考えてみましょう。ある原子の4個の外郭電子が自由に軌道を周回しながら、どんな具合に他の4個の原子と電子同士が共有結合して、安定な原子構造を構成できると解釈できるのだろうか。筆者の頭では、そんな巧妙な空間立体構造を取り得る原子模型は描き得ない。ダイヤモンドは超硬度な結合力に因ると言ってもよかろう。炭素の結合手である電子が回転していて、ダイヤモンド結合などの強固な結合など出来る筈がない。電子の負電荷同士が結び付くクーロン力など、何処の物理学理論などに無くても物理学理論の専門家の権威は無理強いする強引性で、不思議な力を発揮している。今回の筆者の発表した基本的主張は電子の電荷などを否定した、マグネットのエネルギー回転流が原子の結合手になっているということである。何も原子の周りを外殻電子が回転する必要・必然性など何処にもありはしない。日常経験する豆磁石の強力な吸着力を考えることに、世界の神秘を感じ取る不思議が潜んでいる。電界と磁界は一つのエネルギー流の様相の違いでしかない。『科学技術の基礎に物理学がある』と言う認識を改めなければならない。物理学と言う学問体系は次々と新しい概念を積み重ねて、理論と概念の混迷に導いて来たと思う。

 先日、物理学のある大家からメールでのコメントに対して御返事を頂いた。中々実験の出来ない境遇で在るため、現代物理学理論の矛盾を指摘しても、論理だけでは納得頂けないものだと思い知らされた。哲学か文学論でしかないとの御指摘であった。新世界への扉ーコンデンサの磁界ーに挙げた「科学革命の証拠写真」は僅かな枚数の写真でしかないが、研究が継続不可能と諦めた残骸写真である。ただ、昭和63年10月に、撮り貯めた「静電界中の磁界検出データ写真」を中心に発表した物がある。「瞬時電磁界理論の実験的検証とその意義」電気学会電磁界理論研究会資料、EMT-88-145(昭和63年10月)である。写真32枚を載せた。しかしそれも地磁気の北側だけで、東西南北全てで確認しなければならない。西側で少し調べた時の様子は、磁針が停止せずにくるくると回転を始めた。地磁気との関わりで静止バランスが取れない状態と当時は解釈した。様々な面白い現象を予想させたけれども、長岡技術科学大学には、学生実験設備としての高電圧実験装置が何か他の設備用として流用されて、存在しなかった。実験が不可能であるため諦めざるを得なかった。実験で証拠を示せなければ、私の論はたかが文学論でしかないと論断され、誠に当時を思い返して、改めて残念な思いを繰り返した。今でも誰かがその残された実験をしなければ、永遠に『物理学基礎理論の迷走状態』から脱出できない事になると強く懸念せざるを得ない。『静電界中の磁界』と言う要点が科学革命の真理の証になるのである。