発酵、発酵食の研究9

『発酵、発酵食をもっと知ろう!』

今年は「発酵、発酵食」がテーマ。さまざまな角度から“発酵や発酵食品”そして“発酵食品を使った料理”を研究しています。みそは2~4回で取り上げましたが、今回は幻の「江戸みそ」にスポットをあてました。長い間消滅していた「江戸みそ」の歴史を学び、近年ようやく復刻されたその味を試食。当時、そのみそで作られていたという、調味料の「煮抜き」をみんなで作ることにしました。また、「日本各地のご当地汁」シリーズも、今月は江戸時代の東京(江戸)で朝よく飲まれていた“しじみ汁”。こちらも江戸みそで作り、当時のみそ汁の味に思いをはせました。

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「江戸みそ」を使って作られた江戸時代の調味料「煮抜き」。当時はうどんやそばの“つゆ”としても用いられていた。

<今月の座学>
●江戸みその歴史、消滅から復刻へ
●江戸みその特徴、他の地域のみそとの違いは何か

※以下は、江戸味噌文化研究会が研究・作成した資料を参考にさせていただきました。 発起人である河村浩之さん(「日出味噌」醸造元代表)のご協力に感謝いたします。また、江戸みそについては「東京江戸味噌 広尾本店」HP(www.edomiso.jp)にも詳しく載っています。

◎江戸時代、“5大みそ”の1つだった「江戸みそ」
江戸時代には、江戸中で作られ、江戸っ子たちが普通に食べていたみそで、白みそ、仙台みそ、田舎みそ(麦みそ)、八丁みそとともに日本を代表する“5大みそ”の1つでした。けれども明治時代半ば以降、徐々に衰退し、先の戦争以降、姿を消してしまったみそです。
※「江戸みそ」という呼び名は、地方の人々が江戸の町のみそ屋で作られるみそを呼んだもので、江戸では単に赤みそと呼ばれたようです。

◎江戸の町では、みそは“買うもの”だった
「手前みそ」という言葉もあるように、昔は多くの家で自家製みそを作っていました。
江戸では毎朝みそ汁を飲むのが習慣でしたが、人口が多く、土地が狭い江戸庶民の家には、みそを作って保存しておく場所はありませんでした。そこで、江戸の町のあちらこちらに小さなみそ屋ができ、人々は近所でみそを買うようになったのです。
一方、みそ屋にとっても江戸の住宅事情は同じ。大量のみそを作り、それを長期間じっくり熟成させたり、保管しておく場所はなかったため、江戸のみそ屋では短期間で良質のみそを作ることが求められました。

◎塩を減らし、米麹をたっぷり使った、ぜいたくみそ
そんな江戸の町に合ったみそ作りとは、塩を減らし、大豆を蒸し(2 度蒸す)、大豆の温度を下げずに、多量の米麹を加えることで、発酵を一気に進める方法でした。この方法なら約2週間~20 日(夏場なら10 日程度)で完全に発酵が完了し、おいしいみそを作ることができました。その代わり、塩分が少ないため、冷蔵庫のない時代では、長期保存ができないみそでした。
年貢で徴税が行われていた時代は、米の価値はお金と同じ。そんな時代に、たっぷりの米麹を使って作られるみそは、ぜいたくで洗練された都会のみそだったのです。

◎江戸みそは徐々に衰退、消滅して、幻のみそに
庶民に愛され、毎日使われていた江戸みそでしたが、明治半ば以降は衰退への道をたどります。廃藩置県により、江戸藩邸内にあった他国(県)のみそ製造所が独立し、広く一般への販売を始めました。中でも急速にシェアを拡大していったのが仙台みそでした。米麹量が少ないため原価を抑えられたこと、塩分が強く保存性が高かったことで広く流通できたこと…等の理由も手伝い、大規模な醸造家による仙台みそ販売が盛んになりました。

その結果、小規模な江戸みその醸造元は徐々に淘汰されていきました。さらに関東大震災では江戸みそ製造所の7 割が焼失。そして昭和17 年、太平洋戦争の統制令で「米を多く使うみそはぜいたく」となり、江戸みそは製造禁止になったのです。戦後も米の統制はしばらく続き、ようやく生産が可能になりましたが、江戸みそは復刻されないまま、歴史の中に埋もれていきました。

◎近年になってようやく復刻された江戸みそ
江戸みそが消滅して70 年余年。昭和初期の文献の記述をきっかけに、戦前の様々な文献を元に、近年になってようやく江戸みそが復刻されました。その江戸みそとは、先の話にもあったように「多量の米麹(20 歩)を使い、塩分は少なめ(5%前後)」の甘口みそ(米麹が多いほどみそは甘くなる)でした。その後、これは東京都の地域特産品の認定食品にもなりました。

◎甘みそ以外に、実はもう1 種類あった?!
ところがのちになって、江戸みそには、先に復刻された甘みそのほかに、実はもう1 種類あったのではないかという推測がなされました。東京の「日出味噌」代表河村浩之さんは、江戸時代の文献をひもとき、独自に調査研究した結果、甘みそは田楽その他の料理に用いたみそで、江戸の庶民がみそ汁などで日常的に食べていたみそは、もっと甘みを抑えたみそだったとして、もう1つの江戸みそを復刻したのです。

みそが庶民の間に広まったのは17 世紀半ば。その後、しょうゆが生まれ、庶民の間に普及したのは18 世紀の後半からです。その100 年ちょっとの間は、たとえばうどんやそばを食べる際には、“煮抜き”といわれる、みそで作ったつゆで食べていたことがわかっています。この、煮抜き作りに使われたみそも、甘みそではない江戸みそを使っていたと考えられます。

日本最古の料理本といわれる『料理物語』(1643 年発行)にも“煮抜き”についての記述があります。「生垂にかつほを入、せんじこしたるもの也」「味噌五合、水一升五合、かつほ二ふし入せんじ、ふくろに入たれ候、汲返し汲返三返こしてよし」。
※煮抜き(にぬき):みそに水を加えて溶かし、布で漉したのち、酒や鰹節を加えて煮たあと、再び布で漉した液状の調味料。当時の料理本には「煮貫」という表記で掲載されている。
※生垂(なまだれ):みそ一升に、水三升を布袋に入れ、したたり落ちる液汁をとったもの。

◎“フレッシュなみそ”だからこそのよさがある
江戸みそは、短期間で作られる“フレッシュ”なみそです。短期間で作られたみそと聞いて、長期間熟成されたものに比べ、おいしくないイメージをもつのは正しくありません。
発酵を早めるためにも米麹を多量に使い、独特の製法で作ることで、短期間でもしっかりと発酵が進んだみそになるからです。さらに、普通のみそは熟成期間が長くなるにつれ、“みそ臭”が増し、個性の強さが際立ってくるのに対し、フレッシュなみそはクセがなく、甘みやあと味がすっきりしているのが特徴です。そのため、料理を選ばずに使え、汎用性が高いみそともいえます。

<今月の料理ラボ>

◎江戸の町で食べられていたみその味比べ

先に、4種類のみそをそのまま試食。そのあと、かつおのだし汁で溶きのばしたものを試飲して比べました。
①江戸みそ 麹歩合11歩 塩分9% 熟成期間2週間 100g 432円
②江戸甘みそ 麹歩合20歩 塩分5% 熟成期間2週間 100g 432円
③仙台みそ 麹歩合7歩 塩分14% 熟成期間6~10か月 100g 216 円
④田舎みそ(麦みそ) 麹歩合9歩 塩分12% 熟成期間12か月 100g 324 円

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左から「江戸みそ」「江戸甘みそ」「仙台みそ」「田舎みそ」

<みそ試食>
①しょっぱくないみそ。あっさりしてやさしい味。そのままディップなどにしても合うと思う。
②“甘みそ”のイメージよりずっとさっぱりした味。白みそと同じ麹歩合といっても、白みその甘みとは違い、すっきりしている。
③塩気が強い。①②を試食したあとなので、なおさらかもしれない。いわゆる今まで食べてきたみそのしょっぱさ。きりっとした味のみそ。
④酸味が感じられる。米麹とは違う香りがふっと鼻にきた。③よりは塩気が少ないが、①よりはしょっぱく、②よりずっとしょっぱい。西の麦みそにはもっと甘いものもあるが、麦みその中では辛口だと思う。

<みそ汁試飲>
①かつおだしの風味が際立ち、非常においしい。みそがあっさりして、素直な味だからという気もする。飽きない味。塩気が少なくても物足りなさはなく、減塩したい人にもおすすめ。
②甘みその割りにべたっとした甘さではないので、かつおだしにも合うが、みそ汁として飲むならやはり①のみその方が合う。田楽みそに合いそう。
③みその使用量を加減すれば、しょっぱさも加減でき、これはこれでみそ汁としておいしい。ただ、かつおだしを引き立てるのは、①のみその方が上だと感じた。
④麦みそ独特の風味があるので、麦みそで育った人には懐かしい味。飲んでも結構しょっぱい。かつおだしの風味がなくなる。煮干しなどの方が合うのかも・・・。

◎江戸みそを使った料理① 江戸時代のうどんやそばのつゆ「煮抜き」作り
以前から話には聞いていた「煮抜き」(「煮貫」と表記しているものもあり)。江戸時代の食文化を紹介する書籍や、池波正太郎の「剣客商売シリーズ」のそばを食べる場面などにも登場しますが、実際に「煮抜き」を作るのは、みな初めてです。

これまでは“江戸みそ”がなかったため、書籍やネットには“八丁みそ”で作るレシピしかありませんでしたが、今回は「東京江戸味噌 広尾本店」で購入した江戸みそを使用。お店でいただいたレシピも参考にさせていただきました。

材料 (できあがり1200ml 目安):江戸みそ370g、水1000ml、酒(塩の入っていないもの)500ml、かつおの削り節50g

作り方
①鍋に江戸みそと分量の水を入れ、みそを溶かす。弱火にかけ、8 分目になるまで煮詰める。
②しばらくしてから①をさらしなどで漉す。漉した汁に分量の酒を加え、再び弱火にかけ、1 時間ほど煮詰める。
③強火にし、沸騰したら削り節を加え、再び沸いたらアクを取り、すぐ火を止める。
④③を漉す。(濁りが取れない場合は何回か漉し)澄んだらできあがり。

最初に水で溶いたみそを煮て、それを布で漉したのですが、この段階ですでにみそ汁とは違う黒っぽい汁に。その後、酒をたっぷり加えて弱火で煮詰め、かつおの削り節を加え、再び漉すと、最後に現れたのは黒く透き通った汁でした。

その味は、まさにうどんやそばの“つゆ”。もっとずっとみその味や香りが残ると思っていましたが、予想とはまったく違いました。けれども、かつお節のうまみがしっかり感じられ、作り立てなのに、味にとがったところがなく、時間をかけて寝かせたよう。初めての煮抜きの味に、みんな口々に「おいしいっ」を連発。江戸時代の人がこんなにおいしいつゆで麺を食べていたなんて・・・。うどんにもそばにも実によく合いました。

◎江戸みその“みそカス”を使った、みそカスと削り節のピリ辛ディップ/長島作
「煮抜き」作りの②で、漉したあとに残った“みそカス”と、③で使った削り節を使って、その場でササッと作った“始末料理”です。ほかにも焼きみそやふりかけにするのもおすすめ。
材料:煮抜き作りで出た“みそカス”約400gと“削り節”1/4カップ、しょうが(みじん切り)大さじ3、赤唐辛子、青ねぎ(各小口切り)各適量、砂糖大さじ1、酒1/4カップ、ごま油適量、きゅうりの細切り適宜

作り方:①フライパンにごま油、しょうが、赤唐辛子、青ねぎを入れ、弱火にかけてじっくり炒め、香りを出したら砂糖を加えて混ぜ、照りを出す。酒、削り節、みそカスの順に加え、炒りつけて味を含ませればできあがり。あれば、きゅうりを添える。

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“みそカス”といっても、煮た汁を漉して残った部分なので、みその成分もまだまだ残っていますし、このまま捨ててしまうなんてもったいない。ということで、今回、長島さんが作ってくれたのはピリ辛炒め。「“みそカス”の味をみたら、塩気がだいぶ抜けていたので、それを補うようにごま油でしょうがや赤唐辛子を炒めて加え、辛みと風味をプラスしました」と長島さん。きゅうりや大根につけて食べれば、お酒のつまみにもよさそうです。

◎江戸みそを使った料理②なす、ピーマン、鶏肉のみそ炒め/久保田作
おなじみの「なすの鍋しぎ焼き」をアレンジ。なす、ピーマン、鶏もも肉はそれぞれ油で揚げてから、みそだれでサッと煮からめました。

材料(8人分):なす(中)6本、ピーマン8個、鶏モモ肉2枚(約500g)、おろしにんにく、おろししょうが各1かけ分、赤唐辛子(小口切り)1本分、青ねぎ(小口切り)4~5本分、A(酒大さじ1、塩小さじ1/2)、B(江戸みそ大さじ4、酒大さじ3、砂糖大さじ2)、揚げ油

作り方 下準備:なすは縦半分に切って2㎝幅に切り、ピーマンは縦4つ割りにする。鶏肉は一口大に切り、Aで下味をつけたのち、汁気をふきとる。Bは合わせておく。
①中華鍋に揚げ油を熱し、ピーマン、なす、肉の順に揚げ、取り出しておく。
②①の鍋の油をきり、にんにく、しょうがを入れて弱火で熱し、香りが立ったらBを加える。混ぜながら少し炒めたら①の鶏肉を戻して煮からめ、続いてなす、ピーマンを加え、青ねぎと唐辛子も加えてザッとあえる。

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「鍋しぎ焼きもいいけれど、なすは炒めると、油をたっぷり吸ってしまうので、揚げた方がむしろさっぱりします。ピーマンも、鶏肉も揚げておけば、最後にみそだれとからめるだけ」と久保田さん。中華料理の“油通し”の要領で揚げた野菜と肉に、江戸みその味や、にんにく、しょうが、赤唐辛子の風味ともよく合い、こっくりした味ながら、見かけ以上にさっぱり仕上がりました。

◎今月のご当地みそ汁 東京(江戸時代) しじみ汁
江戸時代、しじみ売りは下町の風物詩でした。朝早~く威勢のよい売り声を響かせてやってくるのが、納豆屋としじみ売りでした。その時代、「貧乏暇なし蜆売り」というカルタ札が作られ、川柳にもこんな句があります。『納豆とじじみに朝寝おこされる』(柳多留80)、『蜆売り黄色なつらへ高く売り』(江戸古川柳)。江戸の庶民の朝ごはんは、納豆としじみのみそ汁と決まっていました。また、みそ汁以外に佃煮、時雨煮などにもされ、よく食べられました。

しじみは、江戸では殻付きで売られており(京阪地方はむき身で売られることが多かったようです)、天秤棒の両側に籠を担いで売り歩きました。「吾妻の花」(北尾重政の浮世絵画集1767年)にも出てきます。『亀戸のほとりにて多くひさぐ、これ業平蜆といふ。其味美なりとぞ。すべて貝類ハ江戸の名物なり』
もっともおいしいのは冬の寒しじみですが、暑い時期は夏負けを防ぎ、さらに黄疸(肝臓)にもきくとされ、しじみは江戸庶民の健康の味方でもあったのです。

材料(8人分):しじみ(殻付き)400g、水1000ml、江戸みそ大さじ3程度
作り方 下準備:しじみは殻ごとこすり洗いしたあと、砂抜きしておく。
①鍋に分量の水としじみを入れて弱火にかける。沸いて殻が開いたらアクを取り、みそを溶き入れる。

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テーマ「発酵と発酵食の研究」の9回目は、最近復刻したばかりの「江戸みそ」にスポットをあて、その江戸みそで作っていた調味料「煮抜き」作りにも挑戦しました。
当時はうどんやそばのつゆとしても使われていた「煮抜き」には、みな、以前から気になっていたので、興味しんしん。みそがベースですから、誰もがみその風味のする味を想像していたのですが、作ってみると全く違いました。みそと酒、かつおだしのうまみをじっくり抽出した「煮抜き」は、どこまでも黒く澄んだ、極上のつゆの味でした。