楽園を追われて:第一話 失楽園

私は16歳になる老猫(メス)です。

人間で言えば齢80歳ぐらいでしょうか? 諸事情により名前を明かすのはご勘弁ください。

私は静寂を好んでいます。老いた私の毎日は、キャットフードと煮干しといった質素な食事と近所の散歩、そして陽射しを浴びながら窓際でのんびりと眠る…そんなことの繰り返し…。

でも、それはとても平和で幸せな毎日でした。そう、アイツが来るまでは…。

忘れもしない、あの日(2002年9月10日)。散歩に出ていた私は何か胸騒ぎを感じて早めに家に戻りました。

勝手口から部屋にあがると、リビングで見知らぬ何者かが、静 炉巌さんとネコジャラシで遊んでいます! それは遊ぶというよりも格闘と言った方がふさわしい激しい光景でした。

私は怒りで背中の毛が逆立ちました。静 炉巌さんなんかどうでもいいのです! でも、ここは私の家なんです! よその猫を入れるなんて許せません!!

この家に入りこむために、私はどんなに苦労したことか!!

それはもう15年以上も前のことです。まだ小さかった私は道に迷ってしまい、心細い気持ちで路地を走り回っていました。自分がどこからやって来たのかもわかりません。

散々、走り回ってお腹が空いた私は、とうとう帰ることを諦めて、新しい住みかを探すことにしました。疲れきった私は、丁度、目の前に見えた家に住むことに決めたのです。

庭から入り込んで、ガラスのサッシに飛びつきました。ゴムの部分に爪をたててぶら下がり、中を覗き込むと、家の中のご婦人と目があいました。奥には柴犬が寝そべっています。

私は勝手口にまわって鳴きました。ニャオー!(入れてー!)

ずっと鳴き続けていると、さきほど目があったご婦人がドアを開けて、煮干を差し出しながら話しかけてくれました。

「あら、あんたどこから来たの? うちはイヌがいるから危ないのよ。これを食べたらおうちに帰りなさい。」

「帰れ」と言われても帰る場所などありません。私はなおも鳴き続けましたが、その日はもうドアが開くことはありませんでした。

私はそれから、毎日のようにその家の前で鳴き続けました。そのたびに煮干しをいただき、家に帰るように言い聞かせられましたが私はくじけませんでした。

やがて1週間が経とうとしたとき、根負けしたようにご婦人が私を家の中に入れてくれたのです。

「うちは”チャクちゃん”(イヌの名前らしい)がいるから、あんたは2番よ。それでもいいの?」

私は大喜びでした。イヌがいることなど少しも気になりません。だって、そのイヌはもう年老いていて、私を追いかけることなどできそうもなかったからです。

それから時は流れて、そのイヌも亡くなり、この家は私の天下となりました。近所の老猫会では理事に推薦され、私は充実した日々を送っていたのです。

そんな幸せな日々に、突然、コイツが現れたのです…。

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